大分の城島後楽園遊園地のおもちゃ王国、「トミカ・プラレールランド」でチビが線路を繋げている時、それはやってきた。
ぐらり・・・
10時50分くらいだったろうか。
揺れている時間は30秒、長くても1分もなかったろう。
私はダンナに言われるまで気づかなかったくらいで、揺れもたいしたことはなく、まわりも「地震みたい」という軽い反応。
たぶん気づかなかった人も多かったんじゃないか、てな程度。
その後、食事しようとレストランで順番待ちをしていた11時36分、携帯の着メロが鳴っていることに気づいたが、取るのが間に合わず切れてしまった。
(ふだんあまりかからないので反応が鈍い。)
着信記録を見ると義父からだ。
こんな旅行先まで電話かけてくるなんて、よっぽどの急用?!
慌ててかけてみるが繋がらない。
話中のようなプープープーという音が聞こえるばかり。
非常にネガティブな私はますます心配になる。
最近退院したばかりの、実母の具合がまた悪くなったのだろうか。
実家に電話するも、やはり、プープープー。
何度やっても同じだ。
この時、電話規制がかけられていたなどとはまったく知る由もないネガティブpicoは、事故・病気・火事など、ありとあらゆる不吉な場面を想定して不安は募る一方。
(しかし、地震はまったく範疇になかった。)
とにかくもう、食事どころではない。
携帯が繋がらないなら公衆電話だ!!
が、さすが携帯時代、公衆電話の設置が非常に少なく、案内所に場所を聞くも、かなりの距離。
ゼイゼイ、ハアハア走って、ようやく公衆電話にたどりつき、ダイヤルすると繋がった!!
「p・・・picoです。電話されたでしょう?。」
「地震が大きかったから、そっちは大丈夫かと思って。」
力が抜けた・・・と同時にホッとして、レストランに戻り、ハンバーグランチ(私)とお子様ランチ(チビ)とトンカツ定食(ダンナ)を貪り食った後、地震のことなどきれいさっぱり忘れて、再びまた能天気におもちゃ王国へ。
だって、この時点でもあれほどの大きな地震だとは夢にも思わず、ダンナも「そんなことで電話して!」とあきれてたくらいで、震度6で被害も大きかったということを知ったのは園を出発する間際の3時過ぎ。
バスのテレビで、被害の模様をニュースで見て、「やや、これはただごとではなかったのだ」と思い知った次第である。
帰路の途中、お土産物屋さんに寄る予定になっていたので、そこで義父母のお土産を買おうと思ってたのだが、地震の影響で渋滞が予想されるとのことでとりやめ。
仕方ないので、高速のサービスエリアでトイレ休憩中に、急いでお土産を調達してきた。
「傑作まんじゅう 博多通りもん」である。
大分に行ったのに、博多・・・・。
予想に反し、大した渋滞にも遭わずに帰宅。
一応先の電話で、家には被害がなかったということを聞いていたものの、棚の上にはなんやらかんやら雑多に置いているし、それらが落ちて散乱しているかもしれぬ。
ちょっとドキドキして部屋のドアを開けると・・・
うわぁ、散らかってるっ!!
って、朝家を出た時と同じじゃん。
普段から物が散乱してるからなぁ。
というわけで、地震の実害はまったくなかったものの、微妙に影響を受けた今回の旅行であった。
たぶん福岡県西方沖地震とこの旅行は、きっとセットになって記憶に残るんだろうな。
あ、そーいえば、3月20日はダンナの誕生日でもあったのだった。←すでにセットから外れている。
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我が家の地域は地震の被害はほとんどなかったようです。
お見舞い、お気遣いくださった皆様、本当にどうもありがとうございます。
被災地の1日も早い復興をお祈りいたします。
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